2009年11月16日 (月)

こんな夜には静かな旅を~vol.15

彼からの返事はすぐにあった
翌日、樫の樹のうろには手紙が入っていた

“Hallo, Emma
とても嬉しかった
 君が喜んでくれてよかった
 でも僕はもっと嬉しい気持ちだ
 こんなすばらしいショールをもらえたのだから
 カミーレの色は僕の一番のお気に入りなんだ
 ありがとう                Theo”

私は早速返事を書いた

“Hallo,Theo
 私も喜んでもらえてとても嬉しいわ
 あなたのくれた宝箱は、暖炉に置いているの
 毎日見ているわ
 私の大好きな景色がいつもここにあるのがとても嬉しいわ
 あなたは一流の芸術家ね
 そう言えば私の拾ったドックタグはあなたのものだったのかしら?
 よければまた返事をください     Emma Griebel”

私はまた樫の樹に手紙を託した

翌日、すぐに彼からの返事が来ていた

”Hallo Emma
 そう、あのドックタグは僕のものなんだ
 もうすぐ徴兵になるから、作ったんだ
 僕は戦争になんか行きたくない
 でも、僕はEmmaを戦争の被害に合わせたくない
 だから、僕は戦ってくるよ
 君と家族のために
 無事に戦争が終わって帰ってこれることを祈ってくれるかい?  Theo”

私は驚いた。戦争?彼が何を戦争と言っているのか理解しかねた
軍にでも入るのだろうか?
でも今のドイツはどことも戦争なんてしていない
軍役のことを言っているのだろうか?
そんなに厳しいものなのだろうか?

私は疑問を彼に投げかけることにした

”Hallo、Theo
 戦争なんて物騒ね
 私のところはとても平和よ
 軍に入るの?
 軍役はそんなに厳しいものなのね
 いつから行くのかしら?
 もちろんあなたが無事に帰ってこられるように祈っているわ Emma”

それから毎日樫の樹のポストには彼からの手紙が届いた

あの手紙から、彼は一度も戦争の件は触れてこなかった
いつも私のことをたずねる内容だった
私の誕生日
私の住んでいるところ
どんな家にすんでいるのか
誰と暮らしているのか
何がすきなのか
彼はあるとあらゆることを尋ねてきた

もちろん私も彼にいろいろと質問をしたが、彼は何かを隠しているのかすべてを語っていないように思えた

そして12月になろうとしたころから、彼の手紙は来なくなった

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2009年11月 9日 (月)

こんな夜には静かな旅を~vol.14

昨日は結局あの樹のところへは行けなかった

家の前の通りを通っていく人影もなかった

彼は怒ってしまったのだろうか

私は庭で深くため息をついていた

今日は日差しもあって暖かい

散歩にはちょうどよい

けれど、私はどうしても行く気にはなれなかった

私の中の日常が、たった一人の存在で変わってしまっていた

一人静かに生きてきた空間が、彼の存在で波立っていた

少し先で、私の撒いたえさにウサギが来ている

私の様子を伺いつつ、食事をしている

えさ台の上には小鳥たちがいる

こんな平和な風景の中で、私の気持ちは沈んでいた

昼下がり、私は暖炉の前にいた

あの宝石箱が目の前にある

私はそっと手に取った

ゆっくりと蓋をなでる

私はふとあの紙包みが気になった

宝石箱を暖炉の上に戻し、私はガウンを羽織った

私の散歩道には霜が立っていた

歩くとサクサクと崩れていく

私はその音を感じながら、ゆっくりと歩を進めた

誰も通っていない道

小さな足跡だけが、雪原の上に残されている

樫の樹の手前まで来たが、やはりどこにも人の通った形跡はない

私はがっかりしながら樹に近づいた

もしかしたら、私の知らない抜け道を通って彼が来ているのかもしれないと期待していたから

あの紙包みをもって帰るつもりでいた

でも、うろをのぞいて私は驚いた

雪の中にあの包みはなかった

…いつ?彼がここに来たのだろう?

不思議な気持ちとともに、私の心は喜びに満ちていた

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2009年10月31日 (土)

こんな夜には静かな旅を~vol.13

翌朝、私はいつも目覚める時間に、庭にいた

えさばひとつひとつに丁寧に給餌する

小さな友人たちが私の周りに集まりだす

手のひらに乗せて差し出すと、小鳥が2羽止まった

しばらく彼らの食事の様子を眺めていた

そのえさばの向こうには、町につながる道がある

誰かが通れば必ず見える

あの樫の樹にたどり着くには、必ずあの道を通らなければならない

私は誰かが通りかかるのを待っていた

友人たちはすっかり食事を終えて、それぞれに散っていった

向こうの通りはまだ誰も通らない

私はいったん家に入った

あの樹のところへ行けばいいのだろうけれど

テオと鉢合わせするのが、なんだか恥ずかしい

でも、彼の姿を確認したい

私は窓辺に椅子を持ってきた

暖炉にはいつもより少し多く薪をくべた

薪を足す間に、彼が通ってしまうかもしれない

私は一日中ドキドキして窓の外を見張り続けた

けれど、いつものように町からは誰も来なかった

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2009年10月30日 (金)

こんな夜には静かな旅を~vol.12

その晩、私はなかなか眠れなかった

あの紙包みは間違いなくテオのもとに届くのだろうか?

こんな雪深いところまで彼は来てくれるのだろうか?

あの手紙はいつ入れていったのだろう

雪の奥深くから見つけたテオの手紙はすっかり冷たくなっていた

ベットから手を伸ばし、カーテンを少し開けて外を見た

吹雪いてはいないが、雪は降り続けている

私は毛布に包まりなおした

胸がドキドキしている

私はふと昼に出会った青年を思い出していた

もしも、彼がテオだったら…?

私は彼があのショールを巻いて私のところに来てくれるのではないかと期待していた

有り得ない事だとはわかっているが、想像はどんどんふくらむ

幸せな気分に満たされて、ようやく私は眠りに落ちていった

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2009年10月29日 (木)

こんな夜には静かな旅を~vol.11

今までにない速さで家まで戻ってきた

私はガウンも脱がず戸棚から、便箋を取り出す

“Hallo Theo

お返事が遅れてしまってごめんなさい

素敵な贈り物が嬉しすぎて、ついお返事が遅れてしまって

心配させてごめんなさい

宝石箱、とても素敵です

とても嬉しかったです

お礼になればよいのだけれど

あなたは喜んでくれるかしら  emma Griebel

私は編みあがったばかりのショールを紙袋に入れた

その中に手紙をいれ、麻のリボンで結んだ

包みあげると同時に私は家を飛び出した

さっき通った道を急いで戻る

樫の樹のふもとについた頃、私は汗ばんでいた

私は、息を整えて樹に近づいた

祈る気持ちで、紙包みをうろに入れた

私は樹の幹に額をつけた

ひんやりした樹皮の感触が伝わる

もう一度うろの中の紙包みに目をやる

どうか、彼が気に入ってくれますように

空から、また雪がちらつき始めていた

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2009年10月28日 (水)

こんな夜には静かな旅を~vol.10

家に戻った私は深いため息をついた

何を私は期待したのかしら

彼がテオだと?

そんな偶然、ある訳ないじゃない

私は、ガウンを着て外に出た

夜の間の激しい雪はうそのように晴れていた

しかし、足元の雪は深い

私はゆっくりと足を進めた

いつもの散歩道に、人の足跡はない

樫の樹にたどり着いた頃には、私の息もかなり上がっていた

樫の樹は、夕べの雪ですっかり白い樹になっていた

樹のうろも雪に埋もれてしまっている

私は深く積もったうろの雪をゆっくりとどけていった

なにもない

そう思った

けれど、すべての雪をどけたときにうろの奥深くからあの茶色の羊皮紙が顔を出した

こんなにも心が躍る瞬間を感じたのは初めてだった

なぜだろう?

会ったこともない人からの手紙を私は心待ちしていた

私はそっと羊皮紙をうろから取り出した

逸る気持ちを落ち着かせるために、私は深く深呼吸する

樫の樹にもたれかかり、私は羊皮紙を開いた

“何度も手紙を送って申し訳ない

この前のことは、君に迷惑をかけてしまっただろうか

もし、そうだとしたらあの箱は捨ててしまってください Theo

私は手紙を閉じると、あわてて家へと戻った

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2009年10月27日 (火)

こんな夜には静かな旅を~vol.9

翌日、起きても外に出られない私は、のんびりとベットの中にいた

それでもそういつまでもベットにもぐってはいられなかった

いつも繰り返している日常は、私を長々とは寝かせてくれなかった

暖炉に火を入れる

お茶を沸かす

家の中を丹念に掃除する

一段落着いたところで私は暖炉の上の宝箱を手に取った

何度見ても、なぜか愛おしさを感じていた

私は数回なでてそれを暖炉に戻し、ショールを編み上げることにした

玄関口がなにやら騒がしい

私は編んでいた手を止め、玄関に向かった

ドアの向こうから、数人の声がする

時計を見ると、お昼を回っていた

ずいぶん長く編み物を続けていたものだ

しばらくすると、ノックの音がした

「はい」

私はすぐにドアを押した

そこにはいつもの店主の顔があった

「エマ、終わったよ。雪よけの板も立てておいたよ」

「あら、ありがとうございます。いつもすいません」

店主の後ろには、見かけない青年の姿もあった

「そちらの方は…?」

「あぁ、近所のハーマンさんとこのお孫さんだよ。たまたま帰ってきててね、手伝ってもらったんだ」

その青年は私をみて、軽く会釈をした

私も少しドキマギしながら会釈を返した

「エマ、ちょっと早いが、いつもの分を持ってきたよ」

私はハッと店主を見た

彼に見とれてしまっていたらしい

「あ、ありがとうございます」

「エマも冬の間くらい町に来たらいいじゃないか。一人ではこんなときに不便じゃないか。部屋ならいくらでも用意できるぞ」

「えぇ、でも私はここが好きだから…」

「まぁ、わかってるけどねぇ。気が変わったらいつでも言っておいで」

私は曖昧に店主に微笑んだ

彼も何度も誘ってくれているから、私が町に出ないことはわかっているだろうが、毎年同じように言ってくれる

店主と話している間に連れ立ってきた人たちが、みな町へと帰っていく

あの青年もその中に加わっている

私は少し名残惜しい気分になった

「あの人はいつから町にいるの?」

「ん?えーと、秋頃だったんじゃないかな?どうした?珍しいね、エマが人を気にするなんて」

店主はいたずらっぽく笑う

「え、いいえ、なんでもないのよ。ただ、見たことない人だなって思って」

「そうかい?また連れてこようか?」

「いいわよ、そんな…なんでもないんだから」

私はあわてて言った

「まぁ、たまには町に遊びにおいで。じゃぁ、また」

店主はそれ以上何も言わなかった。彼も忙しいのだろう。私に手を上げると先に行った仲間を追って行った

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2009年10月26日 (月)

こんな夜には静かな旅を~vol.8

糸を引くたびに、カミーレの香りがほのかに広がる

春先にはこのカミーレが辺り一面に咲き誇り、私は毎年摘んではお茶と染物に使っている

母がいつもしていたことだ

染物が始まると、私はわくわくしながら鍋の中を見つめていた

ぐつぐつと煮える鍋の中から、カミーレの香りが広がる

母が粉を入れたとたんに美しい糸や布が出来上がる

まるで魔法をかけたみたいに、白い糸や布が美しい色に出来上がる

母がいなくなっても、私はずっと続けた

母から受け継いだもの

失くすにはもったいないもの

思い出に浸りながら私は黙々と編み物を続けた

一日中家の中にいると、時間の流れが全くわからない

ずっと編んでいたおかげで、ショールも後少しで仕上がりそうだ

時計を見上げると、時刻はもう夕方だった

私はショールを置き、暖炉に薪を足すと夕食の準備をした

夕食といっても、私一人なのだからそう時間はかからない

ライベクーヘンを皿に盛り、温めたミルクを持って暖炉の前に戻る

一人静かに食事をすませる

今日はやはりよく冷える

サウナを焚くことにしよう

私は長い夜をゆっくりと過ごし、いつもよりも少し遅く眠りについた

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2009年10月24日 (土)

こんな夜には静かな旅を~vol.7

あくる朝、家の中は薄暗かった

朝日の射し込む時間なのに、まだ夜明け前のようだ

カーテンを開けて納得した

夕べの雪は予想を超えて激しかったようだ

窓はすっぽりと雪に覆われていた

私は暖炉のおき火に薪を足した

雪をどけなければいけないが、どうも外へのドアは開きそうにない

私は一応試してはみたが、やはり開く気配はなかった

仕方ない

私は部屋に引き返し、のんびりと朝食の用意をした

温かいスープが体に染み渡るようだ

ゆっくりと食事を終えた私は、キッチンを片付け、一本の電話をかけた

「…エマです…えぇ、大丈夫、元気よ…えぇ、そうなの、家が雪に埋もれちゃったみたい…ふふ、そうね。でもいいわ…えぇ、お願いできますか?……わかりました。では、お昼頃ですね、お待ちしています」

家が埋もれたときには、外から出してもらうしかない

私はいつも配達を頼む店主に、雪かきを依頼するしかこの家を出る方法はない

店主も毎年のことなので心得ていた

昼までには、まだ時間がある

私は部屋を見回した

暖炉の前にあるテーブルには、夕べの編みかけがそのままだった

私はその編み物を手にとってみた

昔、父に編んだショールと同じデザイン

そうか、私はショールを編んでいるんだ

誰に?

そう心に自問して、苦笑いを浮かべた

私は雪の魔法にでもかかってしまったのだろうか

声を聞いたことも、会ったことも、どこの誰かもわからないテオにあげると言うのか

…でも、あげなくてもいいか

私は椅子に深く座って、再びショールを編み出した

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2009年10月22日 (木)

こんな夜には静かな旅を~vol.6

湖を背景に、樫の樹が彫られている

私はそっとその彫刻をなでていた

彼もこの景色が好きなんだ

というのがよくわかる

こんなにも丁寧に表現されているのは

毎日この景色を見ているからに違いない

羊皮紙の裏を何度も読み返した

彼はどうしてこんな素敵なものを贈ってくれたのだろう

私はただ、偶然に彼のドックタグを拾っただけだ

あれは彼にとって、それほど大切なものだったのだろうか?

単に、私の宝物のひとつに加わっただけのドックタグ

あの時、気にも留めなかった彼の名前

でも、今私の手元には、彼の名前が存在している

私は暖炉のそばにテーブルを引いてきた

今年の春に、草木染をした毛糸をかごから持ってくると

火にあたりながら、黙って編み物を始めた

柔らかなカーキ色

一目ずつ、編みあがるほどにその色は鮮やかに見えた

薪のはじける音だけが家の中に響く

私は黙々と編み続ける

縄目模様に、網目模様をあしらって編んだ

網目の凹凸が程よい膨らみを持たせる

編み続けるうちに、暖炉の火は小さくなっていた

「もう、こんな時間」

私は足元に冷たい風が吹き込んで、初めて気がついた

私はそっと毛糸の束にそれを置き、立ち上がって火に薪をくべた

勢いを失いかけていた火が、小さな枝に再び燃え移る

部屋にぬくもりが戻ってきたので、私は窓辺に立った

今夜の雪は、いつもよりも激しい

窓の隅に積もった雪は、見る見る窓を覆い尽くしていく

外の様子は全くわからない

私はカーテンをきちんと閉めると、そのまま寝室へ入り、ベットに横になった

きっと明日は外へは行けない

眠りに落ちながら、私はぼんやりそう思っていた

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