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2008年12月

2008年12月16日 (火)

天使の落とした涙の中に #9

木曜日の晩だった。僕とシリウスは二人で風呂に入って散々遊んだ後、夕食を食べてテレビを見ていた。しばらくシリウスの姿が見えなくなったが、僕はあまり気に留めなかった。きっとまたなにか「不思議」を見つけてきて、僕のところに走ってくるだろう。

僕はのんびりとソファに寝そべっていた。知らないうちにウトウトしていたらしい。僕の手に柔らかいものを感じて目を覚ました。見るとシリウスが僕の掌に頬を寄せてぴったりとくっついていた。

「どうしたんだい?シリウス?」

僕は半分あくびをしながらシリウスに声を掛けた。シリウスはゆっくりと顔を上げ僕を見ると、悲しい顔をして立ち上がった。僕もシリウスを落とさないように気をつけながら、ソファに起き上がり、座りなおした。

「なにか見つけたの?」

「ううん、ちがうの。ねえ和也、怒ってる人にはなんて言ったらいいの?」

思ってもみない質問だった。僕が寝言で何か言ったんだろうか?

「怒ってる?僕が?」

「ううん。ちがう。あのね、してほしくないことを、もしもしてしまったら、そのことで怒っちゃったら、なんて言えばいいの?」

テレビドラマの話だろうか?僕はシリウスが何を見て、何を感じたのかわからなかった。けれどシリウスは何か真剣に考えている。

「誰かを傷つけたり、嫌な気持ちにさせたらってことかな?」

「よくわからない…」

「うーん、僕だったら、誰かが自分のしたことで怒ってて、それが良くないことをしていたんだって思うんだったら、その人にちゃんと、ごめんなさい、って言うよ」

「ごめんなさい?」

「そう、ごめんなさい」

「ありがとう、和也!」

シリウスはぱっと明るい表情になって僕の掌から滑り下りると、居間から飛ぶように出て行った。部屋に上がったらしい。僕はテレビを消すと、階段を上り、部屋のドアを開けた。シリウスは窓にいた。両手を顔の前で組み、まるで祈っているようだった。僕は静かに部屋に入ると、ベッドに腰を下ろし、シリウスの姿を黙って見つめた。しばらくすると、シリウスは僕のほうを向き、にっこり笑って両手を差し出した。僕は立ってシリウスのところに行くと彼を手に乗せて、窓辺に座った。窓の外はどんよりしていて今にも雪が降りそうだった。

「シリウス、何をお願いしていたの?」

僕はシリウスに聞いてみた。

「おねがいってなあに?」

シリウスはくりくりっとした目で僕を見上げる。僕はまた言葉に詰まった。

「お願いっていうのはね、何だろう?こうなってほしいとか、想うことが叶いますようにってお願いするんだ。ってよくわからないな…」

「じゃあぼく、おねがい、したよ。ちゃんとごめんなさいって言えたらいいなって」

「誰がごめんなさいって言うの?」

「ぼくが」

シリウスは、えへへ、と照れたような笑い方をした。僕はよくわからなかったけれど、シリウスが満足しているようだったからそれ以上は敢えて聞こうとは思わなかった。

「もう、寝ようか。寒くなってきたし」

「うん」

僕とシリウスはベッドに潜りこんだ。暗くした部屋の中でウトウトし始めた僕は、かすかにシリウスの声を聞いた。

―和也、ありがとう―

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2008年12月 8日 (月)

天使の落とした涙の中に #8

月曜日、ようやく見せた青空は冷たい空気をどんどん運んできていた。クラブでグラウンドを走っていると、校舎の窓から空を眺めている莉那の姿を見つけた。彼女は誰かと話しているようだった。きっと友達が教室の中にいてその子と会話しているんだろう。久々に彼女の笑顔を見た。僕はその笑顔を見てドキッとした。すごく可愛かった。莉那に気をとられて僕は回ってきたボールに気がつかず、スルーしてしまった。

「お前なにやってんだ!ボールくらいしっかり見とけ!それじゃあいつまでたってもスターティングは無理だぞ!!」

監督の怒鳴り声が飛んできた。

「すみません」

監督に頭を下げて、チラッと校舎にもう一度目をやったが莉那はもういなかった。その後も時々その窓を見てみたが莉那は現われなかった。

帰り道僕は莉那の笑顔を思い出していた。莉那はいつもニコニコしていた。その笑顔を見るたび僕は幸せな気持ちだった。くりっとした丸い目でいつも僕のことを見つめていた。そうか、シリウスのあの目は莉那にそっくりなんだ。だから僕はシリウスが笑ってくれると安心するんだ。僕は無性に早くシリウスのところへ帰りたくなった。いつの間にか早足だったのが駆け足に変わっていた。家に着くと真っ先に部屋へ上がった。シリウスは昨日僕が歌っていた歌を歌いながら机の上に座っていた。

「おかえりなさい、和也」

シリウスは僕を見るとにっこりして言った。

「ただいま、シリウス」

シリウスは僕が着替えるのを待って抱っこをせがんできた。手のひらに乗せてやるとシリウスはちょこんと座った。

「ねえ、和也。きのうのうた、うたって」

「いいよ。そうだ、CD聞かせてあげるよ」

「しーでぃー?なあに、それ?」

「これのこと」

僕はデッキの前に行って棚からジャケットを取り出して見せた。シリウスを肩に乗せてディスクをコンポに入れ、再生してやった。曲が聞こえだすとシリウスはとても喜んだ。何回も何回も繰り返し聞いて歌を覚えたシリウスは曲を止めても歌い続けていた。透き通った歌声は僕の耳から離れなかった。

「和也、和也も歌って」

シリウスが僕を見上げていた。

「いいよ、じゃあ一緒に歌おう」

もう一度再生ボタンを押し、僕はシリウスと歌った。こんな些細な時間が楽しいなんて思ってもみなかった。僕とシリウスは何曲も歌った。僕の持っているCDは全部覚えてしまいそうな勢いだった。僕の持っているCDはほとんどが莉那と聞いていた曲だった。僕は彼女と離れてからまったくといっていいほど聞いていなかった。辛かったのかもしれない。思い出したくなかったのかもしれない。彼女との記憶はまだまだ癒えてはいなかった。なのに今僕はなんの

躊躇らいもなくこれらの曲を聴いて、素直に楽しんでいた。シリウスの存在は僕にとって大きな癒しになっていた。

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2008年12月 3日 (水)

天使の落とした涙の中に #7

「和也!見た?ぼくすべったよ!すごく速かったでしょ!」

シリウスは大興奮だった。僕が捕まえようとすると、はしゃいでその手をかいくぐって走り回った。僕の周りを飛び跳ねながら喜びを全身で表していた。

「シリウス、待って。危ないよそんなに走り回ったら…」

僕が言い終わる前に、シリウスは激しく水たまりに突っ込んでいた。全身泥まみれになって、シリウスはきょとんとした。

「あーあ、やっちゃった。仕方ないなあ」

僕は苦笑いをしながらシリウスを水たまりの中から助け出した。服を脱がせ、持っていたハンカチで全身を拭いて濡れていないところで、体をくるんだ。

「散歩はおしまい。家に帰ろう。体を洗わなきゃ」

「もう帰るの?もう少しだめ?」

「だめだよ。風邪をひいたら大変だ。家に帰って一緒に風呂に入ろう」

「フロ?フロってなあに?」

シリウスの目がまた輝いた。

「あったかいお湯につかって体を温めたり、綺麗に洗ったりするところ。見たいだろ?」

「見たい!!」

「じゃあ帰ろう。少し急いでね」

僕はにやっと笑うとシリウスをジャケットの胸ポケットに入れ、走った。シリウスはポケットの中できゃあきゃあと喜んだ。途中、やっぱりいろいろな質問攻めに合ったけれど、嫌じゃなかった。

家に入ると僕はそのままバスルームに向かった。お湯を張ろうと蛇口に手を伸ばすと、シリウスはもう興味津々で僕のすることをじっと見ていた。シリウスを洗面台の上に乗せ、僕も服を脱いだ。

「和也、一緒だ!ぼくと一緒だ!」

裸になった僕を見て、シリウスは叫んだ。

「そうだよ。僕とシリウスは一緒だ。全部同じだろ?」

「でも、ちょっとちがう」

シリウスは首をかしげた。自分の体と見比べているシリウスの視線が僕の股間にあった。素直すぎるその視線がかなり恥ずかしかった。

「大人になっていくとね、大事なところにも毛が生えるんだ」

照れはしたが率直に答えた。

「だいじなんだ。ふーん」

ほんとにわかったのか?でも聞き流すことにして、浴室のドアを開けた。もわ~っと広がる蒸気にすぐシリウスの興味が移った。

「和也、しろいしろい。なあんにも見えないよ。さっきとぜんぜんちがう。どうして?」

「湯気のせいだよ。空気が冷たいとお湯から湯気がでるんだ。でももう少ししたらここが温まって湯気がなくなるよ。さあ、体を洗おう」

僕は洗面器にお湯を少し張り、その中にシリウスを立たせた。指先で体をこすると、シリウスはくすぐったがって体をよじった。

「あはは、和也、くすぐったいよ。わあ、もうやめてやめて」

両手をばたばたさせて、僕の指を捕まえようとしたシリウスはつかみ損なって洗面器の中で転んだ。あわててすくい上げるとシリウスはケラケラ笑っていた。洗面器のお湯を入れ替えてシリウスの服を洗った。僕のすぐ横をシリウスがすごい勢いで通っていく。僕はびっくりしてシリウスを見ると、シリウスは石鹸の上に座ってそり滑りのようなことをしていた。

「こら!シリウス危ないだろう!」

思わず大きな声を出してしまっていた。僕の声に驚いたシリウスは、勢いがついたまま僕にぶつかり投げ出された。強くお尻を打ったらしい。シリウスは大きな声で泣き出した。

「いたいー、いたあいー」

座り込んでワンワン泣いているシリウスをそっと抱き上げると頭をなでてやった。

「ここはね、つるつる滑って面白いだろうけれど、そんなことをしていると怪我するだろう?痛かったろう?だからもうしちゃダメだよ。滑るのは公園の滑り台だけ。さっき行っただろ?また連れていってあげるから、もう泣かないの」

シリウスはしゃくりあげながら僕を見た。そしてうなづいた。

「ぼく、もうしない。だって和也こわかった。ころんで痛かった。だからもうしない」

「大きな声で怒って悪かったよ。ごめんな。でももう怒ってないよ」

そう言って笑いかけると、シリウスもにっこりした。僕は体についた泡を流してシリウスと一緒に湯船につかった。おぼれるといけないから両手の中にしっかりとシリウスを入れて、僕は歌を歌った。シリウスはじっと聞いている。しばらくしてシリウスはうとうとと眠りだした。外に出て、はしゃいで、遊んで疲れたんだろう。僕はシリウスを起こさないようにそっと風呂を出ると静かに体をふいてやり、服を着せた。部屋に連れて行ってベッドに入れてもシリウスはちっとも起きなかった。見ていると時折にこっと笑っていた。何だか僕は幸せな気持ちだった。

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