天使の落とした涙の中に #9
木曜日の晩だった。僕とシリウスは二人で風呂に入って散々遊んだ後、夕食を食べてテレビを見ていた。しばらくシリウスの姿が見えなくなったが、僕はあまり気に留めなかった。きっとまたなにか「不思議」を見つけてきて、僕のところに走ってくるだろう。
僕はのんびりとソファに寝そべっていた。知らないうちにウトウトしていたらしい。僕の手に柔らかいものを感じて目を覚ました。見るとシリウスが僕の掌に頬を寄せてぴったりとくっついていた。
「どうしたんだい?シリウス?」
僕は半分あくびをしながらシリウスに声を掛けた。シリウスはゆっくりと顔を上げ僕を見ると、悲しい顔をして立ち上がった。僕もシリウスを落とさないように気をつけながら、ソファに起き上がり、座りなおした。
「なにか見つけたの?」
「ううん、ちがうの。ねえ和也、怒ってる人にはなんて言ったらいいの?」
思ってもみない質問だった。僕が寝言で何か言ったんだろうか?
「怒ってる?僕が?」
「ううん。ちがう。あのね、してほしくないことを、もしもしてしまったら、そのことで怒っちゃったら、なんて言えばいいの?」
テレビドラマの話だろうか?僕はシリウスが何を見て、何を感じたのかわからなかった。けれどシリウスは何か真剣に考えている。
「誰かを傷つけたり、嫌な気持ちにさせたらってことかな?」
「よくわからない…」
「うーん、僕だったら、誰かが自分のしたことで怒ってて、それが良くないことをしていたんだって思うんだったら、その人にちゃんと、ごめんなさい、って言うよ」
「ごめんなさい?」
「そう、ごめんなさい」
「ありがとう、和也!」
シリウスはぱっと明るい表情になって僕の掌から滑り下りると、居間から飛ぶように出て行った。部屋に上がったらしい。僕はテレビを消すと、階段を上り、部屋のドアを開けた。シリウスは窓にいた。両手を顔の前で組み、まるで祈っているようだった。僕は静かに部屋に入ると、ベッドに腰を下ろし、シリウスの姿を黙って見つめた。しばらくすると、シリウスは僕のほうを向き、にっこり笑って両手を差し出した。僕は立ってシリウスのところに行くと彼を手に乗せて、窓辺に座った。窓の外はどんよりしていて今にも雪が降りそうだった。
「シリウス、何をお願いしていたの?」
僕はシリウスに聞いてみた。
「おねがいってなあに?」
シリウスはくりくりっとした目で僕を見上げる。僕はまた言葉に詰まった。
「お願いっていうのはね、何だろう?こうなってほしいとか、想うことが叶いますようにってお願いするんだ。ってよくわからないな…」
「じゃあぼく、おねがい、したよ。ちゃんとごめんなさいって言えたらいいなって」
「誰がごめんなさいって言うの?」
「ぼくが」
シリウスは、えへへ、と照れたような笑い方をした。僕はよくわからなかったけれど、シリウスが満足しているようだったからそれ以上は敢えて聞こうとは思わなかった。
「もう、寝ようか。寒くなってきたし」
「うん」
僕とシリウスはベッドに潜りこんだ。暗くした部屋の中でウトウトし始めた僕は、かすかにシリウスの声を聞いた。
―和也、ありがとう―
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)




最近のコメント