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2009年1月

2009年1月15日 (木)

天使の落とした涙の中に #11

家に帰ったのは、九時を少し回ったころだった。

「ただいま、シリウス。遅くなってごめんよ」

 シリウスの姿が見えなかった。

「シリウス?どこにいるんだい?」

 僕は部屋をすみずみまで探した。小さいシリウスだからどこに潜り込んだのか検討もつかなかった。けれど探しても探してもシリウスの姿は見つからない。

「シリウス?」

 僕は急に不安になった。いなくなったのか?まさか…僕は家中を探した。それでもシリウスはいなかった。

「どこに、行ったんだよ…」

 僕は呆然とした。部屋に戻って、電気もつけずに座り込んだ。なにかあったんだろうか…僕が帰ってこないのを心配して、家の外に出たんだろうか?けれどシリウスが行った外の世界は、この前の散歩の時の一度きりだ。…散歩?

「まさか…」

僕は慌てて家を飛び出した。家の前の坂を走って下り、この間行った公園へと急いだ。公園はもう人気もなく、街灯がポツンと照らしていた。公園に入ると僕はシリウスの姿を探した。

「シリウス?いるの?」

 滑り台にもいなかった。いったいどこへ行ってしまったんだ?公園を一周して僕はもう一度滑り台に戻った。そして僕はふと滑り台に上ってみた。いくつかの階段があって滑るところもいくつかある大きな滑り台だった。僕はゆっくりとシリウスを探した。上にはいない。僕は下に降りパイプ状の滑り台を覗いた。耳を澄ますとかすかに泣き声が聞こえる。滑り台は曲がった造りをしていたから奥までは見えない。

「シリウス、いるの?」

僕は呼びかけた。すると、泣き声が止まった。

「和也?」

やっぱりシリウスだった。僕は胸をなでおろした。

「出ておいで、帰ったらいないから心配したよ」

 すぐにシリウスが滑り出てきた。そして僕に飛びついて大きな声で泣き出した。

「どうしてこんなところにいたんだい?」

「ぼく、ぼく、すべりだい、したかったんだ。和也がつれてきてくれたから、もういっかいしたかったんだ。そしたらここにいたの。いっぱいいろんな人がいたの。でもね、だんだんみんないなくなるんだ。そしたらね、おそらがくらくなってきて…ぼく、ひとりぼっちに、なっちゃったんだ」

 僕の両手の中でシリウスはしゃくりあげた。シリウスは昼ごろからここにいたんだろうか?

「寒かったろう?シリウス、家に帰ろう」

 僕は指でシリウスの頭をなでた。シリウスはぴったりと僕の手にくっついていた。そうだった。シリウスはずっと一人で僕を待っていたんだ。

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2009年1月12日 (月)

天使の落とした涙の中に #10

次の日の午後、僕はクラブの練習中に再び莉那の姿を見つけた。彼女はまた教室の窓から外を見ていた。笑っている。一体誰と話しているのだろう?彼女は教室の中を振り返ることなく誰かと話をしているようだった。すぐ後ろに友達がいるのだろうか?彼女は人と話すとき、必ず相手の目を見て話すタイプだ。僕と付き合っていたときもそうだった。その目があまりにもまっすぐ僕を見つめるから、いつも僕の方から目をそらしていたんだ。

 気になって何度も彼女を見ていた。そんな僕に気がついたのかどうかわからないけれど、彼女は窓を閉めてしまった。

「どうした?和也」 

振り返ると坂井が後ろに立っていた。

「フォーメーション入れ替え。お前の番だぞ」

「あ、わかった」 

僕はフィールドに入った。練習に集中できない。案の定ミスを繰り返し、即効交代させられた。練習後、片づけが終わった後、監督が僕を呼び止めた。

「お前、調子悪すぎるぞ。考えることがありすぎるんだろうけれど、練習中は忘れろ。今のままじゃ次の日曜の試合、レギュラーには入れられない。わかったな」

「…はい、すみません」 

僕は気落ちしてしまった。準レギュラーとはいえ、試合に出さない、なんて言われたことはなかった。確かに練習に集中していなかったから仕方ないんだけど…  

着替えて部室を出たところに、坂井たちが待っていた。

「一緒に帰ろうぜ」

「あ、うん」

「ここんところお前、練習終わった途端いないもんな。付き合い悪いよ」 

にやっと笑って、坂井が僕の肩に手を置いた。僕は答えようがなくて適当に笑った。確かに、シリウスが待っているから、と思って早く帰っていた。

「たまにゃ、俺がおごってやる。和也、お好み行こうぜ」

「たまにはいいだろ?」 

僕が渋っているように見えたのか、順も言った。断る理由が思いつかなかった。促されるままに、僕もいつもよく行っていたお好み焼き屋に入った。 鉄板の上で焼かれているお好み焼きを眺めて、シリウスならまたたくさん聞いてくるんだろうな…と思った。そうだ今度家で焼いてやろう。僕は坂井たちの話を聞いていなかった。

「お前どう思う?」

はっと気付くと三人の目が僕を見ていた。

「ごめん、聞いてなかった。なに?」

「もう、お前頼むよ。ボケてんなよ」

拓哉が苦笑していた。

「悪い。で、なんの話?」

「今度の試合、三年が引退して初めてだろ?スタメン誰だろうって話。明日監督が言うってさ。前日だぜ、いいのかよ」

「ああ、お前らは入るだろ。僕は、無理かな。今日言われたしさ」

「でも必ずベンチだったし、入れるだろ」

「どうだろ、どっちでもいいよ」

 僕は確かにどうでもよかった。サッカーが嫌いになったわけじゃないけれど。なんとなく会話が途切れた。

「お前、まだ引きずってる?」

 しばらくして順が僕に聞いてきた。

「引きずってるって…?」

「彼女のこと。今日も見てただろ?」

「あぁ、そのこと…」

 気のせいかもしれなかったけれど場の雰囲気が重くなった。

「最近さ、お前もだけど、莉那ちゃんもあんまり周りと関わり持たないんだ。俺同じクラスだろ?なんか前と違ってさ」

 そう順が言葉を続けた。

「僕は何も変ってないよ。たぶんね」

 静かに僕は言った。順は僕を見つめて言いにくそうにしていたが、口を開いた。

「俺、お前の気持ち、なんとなくだけど、ほんとなんとなくだよ、わかるんだ。俺の兄貴も前に同じことあったから。兄貴の場合はさ、俺が言うのもなんだけど、最低だったよ。産みたいって、兄貴の彼女が話をしに家に来てさ。なのに兄貴、追い出したんだ。俺は知らねえよって…。その後すぐに別の彼女作ってた。俺なんとなく、こいつ人間じゃねえって…それから口もきいてないよ。その彼女、結局堕ろしたらしい。兄貴の友達が言ってたの聞いたから。そんな兄貴に比べたらさ、なんかお前偉いなって…」

「…偉くないよ。僕は何もできないだけだ。何も考えてないのかもしれないしね」

「考えてないってことはないんじゃない?」

 坂井が僕を見た。

「考えるって言ってただろ。お前、何にも言わないから、俺たちにもどうすることもできないし。まあ、俺たちじゃ、あんまり頼りになんないけどな」

「そうそう、話きくしかできないしな」

「でも、話して楽になるなら聞こうって思ったんだ。俺たち」 順も拓哉も頷いていた。「頼りにならないなんて、そんなことはないけど…」

 僕は初めて知った。僕自身の問題なのに、みんな本気で心配してくれていた。

「僕自身、ほんとにわからないんだ。僕だって、なんでこうなるんだってむかついたし…どうしたらいいのかもよくわからないし。心配させて悪いと思う。ごめんな、みんな」

「気にすんなよ。じゃ、この話は終わりにしとこう。俺たちがなんだかんだ言ったら余計にしんどいもんな。俺こそ変な話して悪かったよ」

 順は僕に向かって手を合わせた。

「やめてくれよ。拝むなよ。僕は仏像じゃないんだから」

 僕は笑った。いつもみんなには助けられてる。そうか、僕は一人じゃなかったんだ。

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