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2009年2月 6日 (金)

天使の落とした涙の中に #14

僕は目眩

)

がしそうだった。何が起こっているのか、判断がつかなかった。体が震えていた。

「僕は、和也たちを恨んでここにきたわけじゃない。それは信じてくれるよね?」

シリウスの言葉は静かで、優しかった。まるで親が子供を諭すような…そんな感じだった。僕は返事をしようとしたが言葉にならなかった。ただ小さく頷くのが精一杯だった。

「この世界に、命ってたくさんあるよね。人間だけじゃなく、動物や、植物。あるもの全てに命があるんだ。しゃべらなくても、動かなくても…全てに命があって、その命は巡り、巡っている。この世と、あの世で。常に繰り返されているんだよ。僕はあの世ってあんまり好きな言葉じゃない…僕のいた世界は命の集まるところっていうのかな。そういうところなんだ。命尽きて帰る場所。そこにはね、僕のような産まれて、この世界で生きることのできなかった命はたくさんいるんだ。誰も気がつかないけどね」

シリウスは遠い目をした。僕は何も言えなかった。

「僕らの世界ではいくつかの選択肢があるんだ。そのまま僕らの世界で過ごすことも選べる。再生を待つこともできる。違う命になることもできる。例えば、人間じゃなくて、鳥や植物になったりとかね。そうすることでこの世界に再生する。みんな本当は再生したいんだ。でも望まれなかった命だということもみんな知ってる。だからほとんどみんなが人間としての再生を希望しない。人間としての再生を願うのは望まれていたのに産まれることのできなかった命だけさ。望まれていた命だけ…。天界に入って寿命を全うした人たちと暮らすこともできる。使者として死んだ人を迎えに行ったり再生者を送り届ける仕事をすることもできる。人の生死は世界中で休むことなく繰り返されているから」

シリウスはいったん言葉を切って僕を見た。その目はとても澄んでいた。吸い込まれそうなくらいだった。

「でも僕はどれも選ばなかった。僕は知りたかったんだ。僕が人間として見ることのできなかった世界を。僕たちは本当に望まれていなかったのかを。だから僕はここに来た。もう一人の僕とね」

「もう一人のシリウスって?」

シリウスは静かに微笑んだ。

「もうひとりの僕は和也の彼女のところにいるよ。莉那のところにね。つまり両親になるはずだった人のところへ帰るんだ。ひとつの命を二つに分けてね。僕たちは愛情を求めている。僕たちにだけ注がれる愛情をね。

けれどみんな真実を知るのが怖い。愛情がなかったことを突きつけられたら僕たちの命は完全にこの世からなくなるから。そうなったらもう再生することはない。だって本当に僕たちの命としての存在自体がなくなってしまうんだ。しかも両親二人ともの愛情がそろわなければならない。確率はゼロに近いよ。たいてい僕たちの命の数割くらいは母親の愛情を受けることはできるんだ。でも父親の愛情はほとんどない。だって僕たちは単なる失敗なんだもの。罪の意識なんて少しも持っていない人ばっかりだよ。酷い人なんて僕たちを何人も作り出しているんだ。僕も最初はだめだと思った。けど和也は僕を受け入れてくれた。嬉しかったよ」

「僕も同じだよ」

僕はつぶやくように言った。

「莉那が妊娠したって言ったとき、僕はショックだったんだ。失敗したってね。僕だって同じなんだよ。罪の意識なんかこれっぽっちもなかったんだから。君が僕のところに来たとき本当に怖かった。消えてくれって思ったんだ」

「そうかもしれない。けど、和也は僕を抱いてくれた。震えてた僕にタオルをくれた。僕はそれだけでも十分だったんだ。そのあとも和也は僕を大事にしてくれた。いろんな事を教えてくれた。僕と一緒に過ごしてくれた。そして僕は羽を持つことができた。聖天使と同じ聖なる翼だよ。

命の重さを知ることは、ポーズじゃできない。ほんとに心から命を愛おしいと思わなければ人の命を守り抜くことなんてできないんだ。義務感じゃない。犠牲でもない。命って簡単じゃないんだ。それに気がついている人なんてほとんどいないよ。理解してできるものじゃない、本能だよ。全ての生命体が持っている本能には命の重みを感じる能力が備わっている。けれど人間は知能をどんどん発達させた。人間は自分たちの世界を豊かにしていくと同時に本来の生命の能力を片隅に追いやっていったんだ。それが一番大切だったのに…」

シリウスは言葉を詰まらせた。僕には返す言葉がなかった。ただ黙ってシリウスを見つめていた。それでもシリウスをそっと抱きしめてやりたいと思ったけれど手を差し伸べる勇気がまだなかった。

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