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2009年11月

2009年11月30日 (月)

こんな夜には静かな旅を~vol.19

私は何度も繰り返し彼の手紙を読んだ
Arno、確かに私の父の名前だけれど
私は手紙に父の名前までは書かなかった

戦争…ユダヤの迫害…第二次世界大戦のことだろうか

確かに父は戦争の末期に生まれている
この村からも沢山の戦死者が出たことも聞いている

でも、なぜ?
どうして?

あまりにも突然に突きつけられた事実を私は受け止めることができなかった

家に戻った私は、暖炉の前にいた
ヤドリギをのせた宝石箱を手に取る
私はその中にそっとロザリオを入れようとしたとき、ロザリオの裏に名前が彫ってあることに気がついた
”Theo Hamann”
もちろんこのロザリオがテオのものだとはわかっていた
でも、彼のファミリーネームを知ったのは初めてだ
ハーマン…
ハーマン?
どこかで聞き覚えのある姓…
私はハッとした
冬の初めの大雪の日
あの時の青年が、確かハーマンと言ったはず

でも…

私は事実を知るのが怖かった

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2009年11月29日 (日)

こんな夜には静かな旅を~vol.18

”Hallo   Emma
 長く手紙を書けなくてすまなかった
 僕の世界はもう崩壊しそうだ
 君に手紙を書くことすら儘ならない
 毎日誰かの死を聞くようになった
 村に残った男手は少ない
 僕らが最後だ
 でもとうとう、出兵の時が来てしまった
 君に出会うことも叶わない
 僕の生きている時間から遥か未来を生きている君だから
 
 はじめは信じられなかったんだ
 でも、君の手紙を読むたびに、僕とは違う空間にいるんだって感じたよ
 君の住んでいるはずの家にも行ってみた
 確かにGriebelの家はあったけれど、その家の子供は生まれたばかりの男の子だった
 名前はArnoという少年だったよ
 きっとエマのお父さんになる人だよ
 僕は君が生まれるずっと前の時間に生きているんだ
 なぜ君と出会えたのかはわからない
 僕は毎日樫の樹の下でスケッチしていた
 ずっとこんな平和な暮らしが続くと思っていたんだ
 けれど政権が変わって戦争が始まった
 僕の世界が狂い始めた
 ユダヤの迫害が始まっている
 多くの死者が出始めた
 こんな始めてはいらない
 でもそんな意見は通らない
 そんなことを言ってしまえば僕の家族はユダヤと同じ扱いを受ける
 彼らに何の罪もないのに
 僕にも徴収命令が来た
 いよいよ行かなくてはならない
 
 もうすぐクリスマスだね
 少し早いけれど Frohe Weihnachten! Emma
 生きて戻れるなら、いつか君に会えるだろうか
 会えることを夢見ているよ
 僕は出会えなかった君に恋をしたようだ
 君の声が聞きたい
 君の髪に触れてみたい
 君の瞳はどんな色なんだろう
 
 きっと、生きて帰ってくるよ
 そうすれば君と出会えるだろう
 
 いつかのクリスマスに
 君に会いに行くよ       Theo”

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2009年11月28日 (土)

こんな夜には静かな旅を~vol.17

私はハッとして振り返った
枝が一本揺れている
他に誰の姿もなかったけれど、私は思わず呼びかけた

「テオ?」

返事はなかった

でも、誰かの気配だけがする
誰かがこの向こう側にいるような気がした

「テオ?いるの?」

私の声だけが辺りに響く

突然、風が強く吹いた
樫の樹に積もっていた雪が舞い上がる
私は思わず目をつぶった
目を開けたときに、一瞬誰かの姿が見えた気がした
でも、それは気のせいで辺りは変わらず雪景色が広がっているだけだった

私は小さくため息をついた
期待ばかりが膨らんで、叶うことのない願いだと実感した
そのまま私は樫の樹を後にしようとしたけれど
まだ未練がましく振り返った
樹のうろで何かが光った

私は思わず駆け寄った
小さなロザリオがひっかかっていた
そして、うろの中に汚れた洋皮紙があった

私はそっとそれを取り出した
端の方に少し焦げた跡がある
紙全体が泥がついたようになっている
明らかに今までの手紙と違っていた

裏返して、目を疑った
赤黒い染みが点々とついている

これは…、血なのだろうか?
まさか?

…僕は戦争になんか行きたくない…

彼の手紙の一文を思い出した
戦争……戦争?
一体彼は誰なのだろうか?
彼は、どこに暮らしているのだろう?

私はうろにかかっていたロザリオを手に取り手紙を開いた

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2009年11月23日 (月)

こんな夜には静かな旅を~vol.16

私は毎日樫の樹へと通った
彼からの手紙を待っていた
どれだけ雪が深くても、私は樫の樹へと通った
届かないテオからの手紙を私は毎日待っていた

もうすぐ、クリスマス
私は一人、クリスマスの飾り付けをしていた
いつもならもっと早くにしているのだけれど
私はそんな気分にならなかった

本当は、テオと一緒に過ごしたかった

会ったこともない人に何故にここまで心惹かれるのだろう
わからない
けれど、私は彼に会いたい
そう、望んでいた

暖炉の上の宝箱に
ヤドリギをのせた

彼に出会えることを望んで

その日私は樫の樹へは行かなかった
外は出ることをあきらめざるを得ないほどに吹雪いていたからだ

私は黙々と作業をした
もしかしたら、また彼から手紙が届くかもしれない
ううん、彼は私の居場所を知っているのだから会いに来てくれるかもしれない

私は小さな希望を持っていた

そうしなければ、私は泣いてしまうかもしれなかったから

こんな切なさを抱いた冬は
今までに感じたことがないほどに寒かった

翌朝、雪はすっかりやんでいた
私は早速ガウンを羽織ると、表に出た
雪避けを作ってもらっていてよかった

私は降り積もった雪をゆっくりと踏みしめながら前へと進んだ

樫の樹まで、かなり時間がかかった

私はそっと樫の幹にもたれかかった
ひんやりした樹皮から、生命力を感じる気がした

樫のうろを覗くか、私は迷った
期待して、がっかりする
その繰り返しだったから

しばらく私は樫の樹にもたれて湖を眺めていた
すっかり氷が張ってしまった湖に積もった雪が
太陽の光を浴びてキラキラときらめいていた

その時、樫の樹が少し揺れた気がした

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2009年11月16日 (月)

こんな夜には静かな旅を~vol.15

彼からの返事はすぐにあった
翌日、樫の樹のうろには手紙が入っていた

“Hallo, Emma
とても嬉しかった
 君が喜んでくれてよかった
 でも僕はもっと嬉しい気持ちだ
 こんなすばらしいショールをもらえたのだから
 カミーレの色は僕の一番のお気に入りなんだ
 ありがとう                Theo”

私は早速返事を書いた

“Hallo,Theo
 私も喜んでもらえてとても嬉しいわ
 あなたのくれた宝箱は、暖炉に置いているの
 毎日見ているわ
 私の大好きな景色がいつもここにあるのがとても嬉しいわ
 あなたは一流の芸術家ね
 そう言えば私の拾ったドックタグはあなたのものだったのかしら?
 よければまた返事をください     Emma Griebel”

私はまた樫の樹に手紙を託した

翌日、すぐに彼からの返事が来ていた

”Hallo Emma
 そう、あのドックタグは僕のものなんだ
 もうすぐ徴兵になるから、作ったんだ
 僕は戦争になんか行きたくない
 でも、僕はEmmaを戦争の被害に合わせたくない
 だから、僕は戦ってくるよ
 君と家族のために
 無事に戦争が終わって帰ってこれることを祈ってくれるかい?  Theo”

私は驚いた。戦争?彼が何を戦争と言っているのか理解しかねた
軍にでも入るのだろうか?
でも今のドイツはどことも戦争なんてしていない
軍役のことを言っているのだろうか?
そんなに厳しいものなのだろうか?

私は疑問を彼に投げかけることにした

”Hallo、Theo
 戦争なんて物騒ね
 私のところはとても平和よ
 軍に入るの?
 軍役はそんなに厳しいものなのね
 いつから行くのかしら?
 もちろんあなたが無事に帰ってこられるように祈っているわ Emma”

それから毎日樫の樹のポストには彼からの手紙が届いた

あの手紙から、彼は一度も戦争の件は触れてこなかった
いつも私のことをたずねる内容だった
私の誕生日
私の住んでいるところ
どんな家にすんでいるのか
誰と暮らしているのか
何がすきなのか
彼はありとあらゆることを尋ねてきた

もちろん私も彼にいろいろと質問をしたが、彼は何かを隠しているのかすべてを語っていないように思えた

そして12月になろうとしたころから、彼の手紙は来なくなった

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2009年11月 9日 (月)

こんな夜には静かな旅を~vol.14

昨日は結局あの樹のところへは行けなかった

家の前の通りを通っていく人影もなかった

彼は怒ってしまったのだろうか

私は庭で深くため息をついていた

今日は日差しもあって暖かい

散歩にはちょうどよい

けれど、私はどうしても行く気にはなれなかった

私の中の日常が、たった一人の存在で変わってしまっていた

一人静かに生きてきた空間が、彼の存在で波立っていた

少し先で、私の撒いたえさにウサギが来ている

私の様子を伺いつつ、食事をしている

えさ台の上には小鳥たちがいる

こんな平和な風景の中で、私の気持ちは沈んでいた

昼下がり、私は暖炉の前にいた

あの宝石箱が目の前にある

私はそっと手に取った

ゆっくりと蓋をなでる

私はふとあの紙包みが気になった

宝石箱を暖炉の上に戻し、私はガウンを羽織った

私の散歩道には霜が立っていた

歩くとサクサクと崩れていく

私はその音を感じながら、ゆっくりと歩を進めた

誰も通っていない道

小さな足跡だけが、雪原の上に残されている

樫の樹の手前まで来たが、やはりどこにも人の通った形跡はない

私はがっかりしながら樹に近づいた

もしかしたら、私の知らない抜け道を通って彼が来ているのかもしれないと期待していたから

あの紙包みをもって帰るつもりでいた

でも、うろをのぞいて私は驚いた

雪の中にあの包みはなかった

…いつ?彼がここに来たのだろう?

不思議な気持ちとともに、私の心は喜びに満ちていた

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